第2話 新宿と2人乗り
「中村さん、バイク乗るんですか?」
売り場の裏にある、ストックヤードで
美也子が声をかけた。
「私も中免、持ってるんですよ。」
ちゃんと喋ったのは、これが初めて。
せまいストック場で、作業の傍らで、
まったく色気のない会話。
美也子が中免を取ったいきさつを少し話し、
2人は少しだけ、仲良くなった。
美也子の住まいは東京郊外。
週末、ツナギを着た男の子たちが奥多摩に向かうのを
窓からよく眺めていた。
8耐が生中継で放映されていたのも
かっこいぃ~!と見ていた記憶がある。
バイクはかっこいい。
ただただ、単純にそう思っていた。
自分も乗ってみたい。
しかし世間は3ナイ運動。
美也子の親も、もちろん反対。
社会人なりたての18才。
まだまだ親が怖い年頃なので、親に歯向かえずにいた。
それでもしつこくバイク、バイクと言い続けていたら
20才になったら勝手にしろ、と。
親は数年たてば、諦めると考えていたらしい。
そして、20才で免許を取得。
その頃、周りの連中は揃って車に移っているお年頃。
誰もバイクに乗っていない・・・。
見事時代に乗り遅れた美也子。
たった一人で乗り始める勇気もなく、
免許をただ取得しただけとなってしまった。
ある時職場の飲み会で、公彦と美也子は近くの席になる。
お酒も入り、楽しい時間が流れていた。
お互いが、どうやら第一印象とは違うぞと思ったのか、
帰り道を歩きながら、デートの約束をしていた。
小さな声でこっそりと。
うまい具合に二人とも、翌日がお休み。
新宿アルタ前で待ち合わせをした。
携帯電話もない時代のことである。
外で待ち合わせをする緊張感は、
それはそれはのものだった。
ちゃんと巡り合えるのかのドキドキと、
恋愛が始まるのか?のドキドキが混ざる。
これぞ!青春だ!と、今でも思う。
美也子は新宿の出口を間違えて、
焦りながら待ち合わせ場所に向かった。
無事に合流でき、公彦は「じゃ、行こうか♪」と
てくてく歩いていく。
美也子は予想外の展開に戸惑いながら後を追う。
歌舞伎町の古びた雑居ビルに、公彦は入って行った。
不可思議なにおいが漂う、狭いエレベーターに乗る。
どこに連れて行かれるの?
考えてみたらこの人のこと、まだ全然知らないし。
つ、ついて行っていいのかな?
頭の中は、不安がいっぱいになる。
5階で降りると
「パスッ! パスッ!・・・パスッ!」
???・・・な、何の音?
美也子は初めて聞く音に、ますます不安が大きくなった。
「係の人が教えてくれるから♪」
それだけ言い残して公彦は一人で行ってしまった。
そこは
「エア・ライフル新宿射撃場」
競技用のエアガンを撃たせてくれる所である。
(現在はありません)
女性は一人もいない。
誰も喋っていない。
独特の雰囲気。
初デートがそこかよっ!!! (怒×1)
説明もいっさいナシかよっ!!! (怒×10)
一人で先にやるのかよっ!!! (怒×100)
ひとしきり心の中で毒づく、美也子。
公彦はとっくに遊び始めている。
まぁ、一度くらいはやってみてもいいかな、と
席に入り、簡単なレクチャーを受ける。
エアガン。
美也子にとっては新たな世界だった。
公彦への怒りはすっかり失せ、終わってみれば
ご機嫌で「楽しかったね~♪」となっていた。
こういった遊び、嫌いではない。
しかし、美也子は今でも思う。
あの雑居ビルは・・・臭い。
その後は映画を見たり、ファーストフードでしゃべったり、
あまり緊張感のないデートが続いた。
帰りは公彦が家まで送ってくれると言う。
公彦の住まいは江戸川区。
東京の右端から左端への横断。
皇居前を通り、青梅街道をひたすら走る道のりは、
70㎞ほどあっただろうか。
その時送ってもらったのが
YAMAHA DT200WR
今なら絶対やらないね~という公彦。
私も今なら絶対後ろに乗らないね~。
オフ車の後ろは案外乗りやすい。と思う。
美也子は幾度となく送ってもらったが、
かなりの確率で寝ていたのだから。
そして、付き合いが始まった。
~続く~
いつもジーパンの美也子。
一度、スカートはいて行ったら、クレームが付いた。
「バイクで遊びに行けないじゃん!」
たまには女の子らしくしてみたかったんだよぅ。