第7話 災い転じて

VT250Fがきてから、美也子の休日は一変した。

天気がよければ、バイクで走りに出る。

帰って洗車が終わると、1日が終わっていた。

少しずつ走れる距離が伸び、走り方も覚えていく。


初夏の季節がやってきた。


今度はちょっと遠くまで行ってみよう、と思い立つ。

地図を広げてしばし、思案。

富士山の五合目に行こうと決めた。

片道150㎞は、初めての距離。

ちょっとした冒険気分である。

 

翌日、早めに家を出て、国道を走る。

平日のせいか、車が多い。

信号が赤になるたび、すり抜けて前に出た。

体もバイクも温まり、だんだん調子が上がってくる。

 

信号が青になり、加速する。

バックミラーで後続車をチラリと見た。

視線を前に戻すと、美也子が走る車線上に

車が止まっていた。

 

左側の脇道から出てきた車だった。

右折したいができないようで、

丁度、美也子の行く手をふさぐ形になってる。

 

美也子がその車に気がついたときは、すぐ目の前。

ブレーキをかけたものの、よけることも止まることもできず

車に突っ込み、宙に飛んだ。

 

アスファルトに落ち、苦しくて動けない。

後続車に轢かれるのが心配だが、やっぱり動けない。

 

左手骨折、左足靭帯損傷、顔面打撲。

救急車のお世話になることになった。

 

ケガの処置をしている時、看護婦長さんが、

自宅に連絡したわよと言いながら、なぜか笑っている。

 

「○○形成外科ですが、美也子さんがですね・・・」

と言うと、母が美容整形の病院と勘違いをして、

電話を切ってしまったらしい。

 

そんなお茶目な母が病室に入ってきた。

緊張がとけたのか、泣き出す美也子。

 

「お母さ~ん!事故ってごめんなさい~!

もっかいバイク乗ってもいいですかぁ~!」

 

・・・無言で出て行ってしまった。

 

父も一緒に来ていたようだ。

後から病室に入ってきた。

 

「おめぇ、次事故るときは一気に死ねよ(笑)」

美也子の涙は複雑な思いで引込んでしまった。

 

公彦にも、連絡をしなくては。

 

病院の公衆電話から、公彦の職場へ電話をかけた。

仕事が忙しい時だったらしい。

機嫌の悪そうな声である。


「なに?」

「あの・・・事故りました・・・。」


「あ??」

「1人で走りにいって・・・

          車に突っ込みました・・・。」


「からだは?」

「骨、折れて・・・入院してます・・・。」


「やっちゃったもんはしょうがないから、

              大人しく寝てなさい!」
「は~い・・・。」


この電話、親より怖かった。


公彦はその後、仕事が終わってから病院まで

バイクで来たが、夜中で病室には入れず

そのまま帰ったと後から聞いた。


翌日。

仕事の都合をつけ、公彦がお見舞いに来た。


病室のドアを開ける。

ガチャ・・・。


「はっ・・・失礼しました。」

そのままドアを閉められてしまった。


ヘルメットのふちが顔面にあたって顔が腫れあがり、

ヒドイ顔になっていた美也子の顔。


公彦は冗談でドアを閉めたのだが、

結構ショックだった記憶がある。


腫れた顔で美也子が笑うたび、

公彦はウケていた。

そんなにおかしい顔だったのか?


美也子が退院し、自宅で療養していた頃、

公彦にも転機が訪れていた。

実家から、そろそろ帰ってこないかと。


そんなことは全く知らない美也子。

左手左足ギプスでへらへら笑っていた。

そんな美也子を見て、公彦は思う。


(こいつ、放っといたら、死んじゃうな・・・)


まだしばらく遊んでいたい気持ちもあったが、

手負いの美也子を放って帰る訳にもいかない。


結婚して、実家に戻る・・・。

ま、それもいいかな。


結構簡単に、答えは決まった。


そして、プロポーズ。

女の子には、とっておきスペシャルDAY。

その日をギプスで迎えた美也子。


もしも時間が戻るなら、

ギプスは外しもらえませんか。神様!



「次のバイクは何にする~?」


未来の不安より、目先の楽しみが先。

落ち着く気などカケラもない二人だった。

 

なので、1枚きりしかないVT250Fとの写真。

短かったけど、楽しかったな。

壊して廃車にして、ごめんね。

 

次のページ 第8話へ→

  

SHOP NAKAMURA トップページへ→