第8話 バイク三昧の結婚前

ギブスが外れ、リハビリも頑張った美也子。

事故から数ヵ月後には、次のバイクを購入していた。


公彦がニコニコしながら言う。

「OFFやると、テクが上がるよ~」


自分がどっぷりハマっている世界に

入れてしまおう魂胆があったかは知らないが、

婚約者に言われたら、つい素直に聞いてしまう女心。

興味がまったくなかったオフロード車を買うことにした。

 

YAMAHA セロー225


言わずと知れた、名車である。

小柄体形な美也子には、選べるバイクは少ない。

足がつくから、だけで選んだようなものだけど、

練習にはぴったりだったと思っている。


会社も退職した美也子。

実家の小料理屋で、

バイト兼花嫁修業を適当にしていた。

 

天気がいい日はバイクでどこかへ行く。
夜は小料理屋で看板娘。

ヒマな時は、バイトはサボリ。

気ままな無職生活を送っていた。


週末は、セローで中央高速と首都高を乗り継ぎ、

公彦のアパートへ遊びに行く。

幾度となくした東京横断。

距離を走るにつれ、体が感覚を覚えていった。


セローに慣れてくると、首都高の混雑さや

曲がりくねった道が楽しくて、

C1を一周してからアパートへ向かうこともあった。


ハイウェイカードは3万円か5万円分を買っていた。

時々自宅まで公彦が送ってくれると、

帰り道で使ってと、美也子はハイカを手渡す。


返してもらった時、残高が減っているのは予想通り。

首都高を走ったり、第三京浜に遊びに行くのに

ちゃっかり使っていた公彦だった。


事故の示談金・退職金・失業保険・バイト代と

臨時収入がいっぱいの美也子。

セローを買ってもまだまだ余裕がある通帳。


「今のうちに限定解除とっとけば?」

公彦が耳元でささやく。


そうだよね。結婚してからじゃあ、絶対とれないよね。

お金もヒマもある、今がチャンス?


花嫁修業中のはずの美也子は、

限定解除専用の民間教習所に通い始めた。


この頃はまだ、「限定解除」の時代。

試験場で合格しなければとれない大型の免許。


美也子は大型バイクに乗る気はなかったが、

確実に上達すると言われ、毎日のように通った。


1本橋のタイムが短くて怒られ、

急制動直前のアクセルはパーシャルだ!と怒られ、

バイクを倒した回数は、数えきれない。

事故は二度とイヤ。上手になりたい。

ここでたくさん練習し、バイクを楽しみたい。

夢中で練習した。


試験は2回目で、無事合格。

うれしくて、うれしくて。


そんな時、公彦の友人がバイクを売りたいと言っていた。

大型ではないが、セローとは違うバイクに乗ってみたい。

もう、バイクにどっぷりの美也子である。

衝動買いで、2台目を購入した。

 

YAMAHA RZ250


「二人でお揃いだね~♪」

 

750キラーとか、下がスカスカとか、ピーキーだとか

なんにも知らなかった美也子。

2ストと4ストも分からない。


何も知らないから、公彦の真似をする。

スタート時の回転数。

ギアを上げていくタイミング。

減速時のギア落とし。

コーナーのラインをなぞる。


いつだったか、一緒に走った友人は

「走りがそっくりで気持ちが悪い!」と言っていた。

マネが得意な美也子だが、スピードは無理。

整備の知識もマネできない。


このRZは今も所有し、時々遊んでいる。

キーを差し、ガソリンコックを回し、ステップを折る。

そして、キックでエンジンをかける。

パラン パンパン・・・

どれだけ乗っても、飽きないバイクだ。



公彦が初めて美也子の父親に会った時のこと。

父親は店のカウンター越しに料理をしながら言った。


「・・・バイクが好きなんだって?」(強面な父親)


「は、はい・・・。」(ビクつく公彦)


無言の時が流れる。


「・・・好きなことは一生やり続けろよ。」


「は、はい!!!」(目がキラキラの公彦)


格好つけたことを言う父親は、公彦よりも遊び人。

またバカなこと言ってるよと、

美也子と母親が視線で会話していたことは、

二人ともきっと知らない。


義父からの免罪符のお陰か、
今も堂々とバイクに乗り、イジリ続ける公彦。

 

この人は、自分より秀でたものがある。
公彦との結婚を決めた美也子には、

そんな想いもあったかも知れない。

 

夫婦のつながりは人それぞれ。

公彦と美也子のつながりは、

やはりバイクかな、と再確認するこの頃である。

 

嫁入り道具だ~!と嫁ぎ先へ

バイク2台を一番に持ち込んだ美也子。

 

長男の嫁というプレッシャーがなかった訳ではないが、

いい嫁になろうという気持ちもあまりなかった。

 

家に入ったらきっと旅行も行けなくなる。

新婚旅行はバイクでオーストラリアを走る計画を立てた。

 

それは、次回のお話し。

 

 

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